こんにちは。
夏も過ぎて、ちょっと秋に突入かなというところですが
まだまだ暑いですね。
今回は
「體の声を聞くってどういうこと?」
というテーマでお話を伺いたいと思います。
普段の生活では
「歩けて、寝られて、自由に體を使えるのは当然」
と思いがちですが體のどこかに不調が出ると
健康のありがたさを強く実感します。
不調を通り越して痛みが出る前に
気づけたらいいのにと思うんです。
體の声に気づく
その感覚を高めるには
一体どうしたらよいのでしょうか。
このテーマはとても大事なことです。
多くの人は、痛みや腫れが出ると
「ああ…」と思いますよね。
実際、大きな病気や怪我をした方は
「健康の大切さがよく分かりました」
とおっしゃいます。
でも、それが改善するとすぐに忘れてしまう。
人間はそういうものです。
たとえばがんは突然ドン!
と出る場合もありますが
ある統合医療の先生は
「10年前からその原因がある」
と話していました。
長年の蓄積が病気になるというのは納得できます。
「體の声を聴く」という言葉にある
“きく”という字も面白いですよね。
門がまえに耳を使う字や
「耳+十四+心」の字もあります。
日本語はとても繊細に使い分けをしています。
「からだ」という字も
今では「人+本」を使いますが
昔は「体」は「死体」を表す字
が使われていました。
そんな語源を知ると驚かれる方も多いんです。
本題に戻ると
體の声というのは痛みや腫れといった
アラームだけではありません。
「お腹がすいたな」
「ぐーっと鳴った」
「あくびが出る」
――これも體の声です。
昨日のお腹の「ぐー」と
今日のお腹の「ぐー」の違い
が分かるようになると
「あ、こういう傾向があるんだな」
と理解できるようになります。
あくびについても、眠いからだけではありません。
実は「もっとリラックスしなさい」
「酸素が足りてないよ」
という體からの信号でもあるんです。
昔は授業中にあくびをすると先生に怒られたものですが
今の医療では「もっとしなさい」と言うくらいでいいんです。
寺子屋でも「あくびはいい、どんどんしなさい。
ただ寝るなら短時間でね」と教えられていました。
昔の人は知っていたんですね。
體の声を聴く感覚を養うには
自然の中を歩くことをおすすめします。
歩いていると、ふっと木が気になったり
蝶々に目が止まったりすることがあります。
これも「自然の声を聴いている」
ということなんです。
昔の人は「木に妖精がいる」と表現しましたし
またぎの師匠たちも“自然に呼ばれる瞬間”を
大事にしていました。
五感・六感を使える自然の中に入ること。
これが、痛みや腫れの前に
「體の声を聴く」基本になる
と思います。
痛みや腫れといったアラームだけでなく
お腹がすいた
あくびが出る
といった小さなサインに気づくこと。
昨日と今日の違いを感じ取れるようになること。
そして自然の中を歩き
「呼ばれる瞬間」を大切にすること。
こうしたことが體の声を聞くこと
につながるのだと分かりました。
「気のせい」と片づけてしまうのではなく
その「気」を感じることこそが
體の声を聞くことと共通しているのだ
と実感しました。
多分皆さんもあると思うんですよ。
自然の中じゃなくて昼休みとか
休憩時間にビルの合間でもいいです。
歩いてる時に、、、
何か知らんけどふっと上を向くとか。
別に何もないのにって。
それっていうのを大事にしてほしいんですよね。
時間に追われた生活をしていると
ふっとそういったところに思い至る
っていう時間を持つのが難しいような
気がするんですけれど
ふと思った時にそちらを眺めてみるっていう意識を持つ
っていうのは大事ですね。
自然に呼ばれるというか
気のせいよねって言うけど、
そう、気のせいなんです。
「気」のせい。
何の気か分からないですよ。
邪気かも分からないし、
何かは分からないですけど(笑)
でも気のせいなんですよ。
そういう気っていうのを感じる
っていうのはやっぱり「體の声を聞く」
というのと共通してるなって思いますね。
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